御旨と海 第83話

魚釣りの心情と精神
1986年 7月 3日 モーニング・ガーデン


 今晩、先生に初めて会う人はいますか。皆さんは新しいメンバーですか。もし皆さんがここで新しいメンバーであれば、きっとまだマグロ釣りを経験したことはないと思います。教会に入る前は何をしていましたか。皆さんは少なくとも十八歳以上ですね。たとえ皆さんがまだ二十歳代の初めであったとしても、まだ若すぎます。初めてマグロ釣りをする人は、手を挙げなさい。今シーズンの結果について心配する必要はありません。先生は皆さんの大部分が魚釣りの経験がないことを分かっています。皆さんはこれまでの十日間の教育と修練を通して、たくさんのことを学びました。しかし、数日の講義と実際の魚釣りの違いを見てみれば、このような訓練は取るに足らないものです。それは現実に比べたら塵のようなものです。皆さんはさまざまな種類の魚釣りを学ぶでしょうが、最も難しいのはマグロ釣りです。

 ジャンボマグロは捕るのが非常に難しい魚です。このマグロは、世界中の五つの海で見ることができます。彼らはそのように広い範囲を旅するので、速いスピードで泳げなければなりません。皆さんが実際にマグロを見れば、胸びれと背びれが身体に収まり、ちょうど魚雷のように泳ぐのを知るでしょう。マグロの最高速度は約百ノットで、平均速度は約三十ノットです。このようなジャンボマグロの生活を考えてみなさい。彼らは海の中で十年ないし十五年、あるものは二十年以上も生きてきたのです。彼らは非常に多くの危険や困難を経験して、それでも生き残ってきました。その意味において、あるマグロは我々以上に頭が良いかもしれません。例えば、マグロはマグロ釣りの船がくるのを見ると、ただ単に船を通り過ぎるのではなく、船のかたわらに寄ってきて注意深くこちらをみるのです。我々はそのような頭の良い魚を捕るために、ここに来ているのです。

 最も大きいマグロは、千ポンドを超えるものがあります。それらは大きな牛よりも大きいのです。しかし、牛のような骨は持っていません。この意味においてマグロは神様の賜物として準備され、我々はその賜物を受け取るためにここに来ているのだと言えます。しかし、一般に、アメリカ人はマグロの味がどんなに良いか知らずにいました。日本人はそのことを長い間知っていました。マグロはとてもおいしい魚です。マグロ養殖の研究開発を行っている日本のある教授が、もしアメリカ人にマグロのおいしさが分かったならば、日本人に残されるマグロはなくなってしまうだろうと心配していました。幸いなことに、アメリカ人はまだマグロについてそれほど多くを知らずにいます。しかし、彼らがそれを知った時には日本人には困ったことになります。

 ここでちょっと比べてみましょう。もしマグロが海の王であり、女王であるならば、マグロは、最もハンサムな王子であり、最も美しい王女です。我々は、このような魚の中のハンサムな王子と美しい王女を釣るためにきているのです。彼らがどんなに美しく、どんなにハンサムでしょうか。例えば、皆さんが何日も何日も海にいて、一本のマグロを釣ったとします。皆さんはそれを見て、突然マグロの所へ行ってキスをするでしょう。多くの人達がそれくらい感激するのです。

 また皆さんは「私はマグロを釣りにここに来ているけれども、やせて荒れた日本人の私の手はあまりにも醜くて、そのような美しくハンサムな魚に触れることはできない」と、このようにも考えるでしょう。マグロ釣りの多くのことに関して興味を持たなければなりません。先生自身が魚釣りを始めたのは、十四年前です。ここに初めてニュー・ホープ号を持ってきたとき、国中がそのことを知りました。先生が初めてここに来たときは、マグロ釣りについては何も知りませんでした。どんな種類の針を用いるのか、どんな糸を使ったら良いのか、何も知りませんでした。しかし三年以内に、自分はマグロ釣りのマスターになるという自信をだれよりも強く持っていました。

マグロ釣りにおける先生の基台

 先生が初めてここに来たときには、たくさんのマグロがいました。恐らく今よりもたくさんいたと思います。普通の日で、一日に一本のマグロを釣ることは珍しくありませんでしたし、一日に二本のマグロを釣ることもよくありました。こういった初期のころを考えると、先生は皆さんとそのような深い経験を分かち合いたいと思います。最初のころ、何度もマグロが食い付きましたが、その度ごとに逃げられてしまいました。それでマグロを釣ってきた漁師達は帰ってきて「またレバレンド・ムーンはマグロが掛かったけれども、逃がしてしまった」と言ったものです。

 先生はマグロを釣って、それを船まで引き揚げることができませんでした。このようなことが毎日起こりました。だから、先生がマグロを持って帰ることができるかどうかが、人々の毎日の噂となりました。皆さんが知っているように、ここにはマグロ釣りに出かけていく大きくて豪華な船がたくさんあります。彼らの中には、妻や子供を連れて行く人もいます.来る日も来る日も彼らが家族に「レバレンド・ムーンはきょうもまた魚を逃がしてしまった」と言っているのを聞きました。

 このように、マグロが食い付きながらも捕まえることができなかったことが、何度続いたことでしょう。一度でも、二度でも、また三度でもありません。十六本目にようやく釣り揚げることができました。二十一日目にして初めて、マグロを船に引き揚げることができました。大貫はこのことを目撃した生き証人です。彼は今晩皆さんの前に立っています。このように我々が二十日の間出かけていって、十五本のマグロが掛かりながら、船に揚げることができなかった日々のことを考えてみてください。十六本目にして、ようやく釣り揚げることができた時、大貫はその瞬間、涙を流していました。このように、我々が最初のマグロを釣らなければならないと誓った信念のことを考えてみてください。

 先生の心の中には「少なくとも一日に一本捕まえることができるように、アメリカの青年を訓練しなければならない」という考えがありました。その二十日間そのような考えを持ったことについて考えてみてください。先生はいかにしてマグロを針に引っ掛けて、しかもそれを逃がさないで釣り揚げるかに焦点を絞って考えていたのです。先生は絶えずこの点を研究していました。もう一つの観点は、我々がマグロ釣りのために費やしたお金のことです。毎日毎日たくさんのお金を費やして、それでも一本のマグロも捕まえることができなかったことを考えてみてください。先生は必死になっていました。

Atsuki Imamura