御旨と海 第71話
最善の者から相続する価値ある者となれ
皆さんが忘れてはいけないもう一つのことは、最高の人について行くということです。最高の漁師にしっかりとつきなさい。二流の人についてはあまり心配する必要はありません。皆さんの地域にいる最高の人に近づくために、魚釣りに充分なる興味をもたなければなりません。たとえ皆さんが非常に多くの関心を持っていたとしても、そのような人を夕食に招待して話をすることができるようになるまでは、自分の中にしっかりとした準備をしておかなければなりません。皆さんが物事をうまくなそうとするならば、最高の人々と連結することが重要です。もし皆さんが歴史に影響を与えたいと思うならば、特質のある人間となり、皆さんの分野における最高のひとびとの心を揺り動かすことができるようにならなければなりません。このような人々に到達するためには、皆さんは何らかの分野において真剣になり、研究し、そして成功を収めるようにならなければなりません。そうすればその分野で、生活において同じような努力をしている人達の心を動かすことができるのです。
人生において何事かを達成する人々は、それらのことを相続するために、尊敬できる人を持ちたいと思っています。ではその人達はどのような人を尊敬することができるのでしょうか。そのような人々は真剣で、本気になって研究し、学ぼうとする人、そしてその学んだことを応用しようと本当に努力するような人達を尊敬するのです。このような人が尊敬を勝ち得る人です。皆さんはそのような人とならなければなりません。
そのような最高の人の周りには普通四、五人の人がいるもので、 皆さんはそういう人達を研究しなければなりません。その人々はそれぞれが何らかの良い特徴を持っています。その中の一人は一生懸命働くけれども、時間が来ればすぐに帰ってしまう人かも知れません。またもう一人の人は、より多くの時間を費やすけれども、先の人ほどは一生懸命働かない人かもしれません。三番目の人はそれほど時間を費やさないけれども、非常に真剣で彼ら全部の中で誰よりも誠実であるかもしれません。そういう人々のなかから何を模範とするか見つけだすことができます。そしてそれらの人々の中から、最も良い習慣を受け継ぐのです。三年間、何も言わずにやりなさい。話すことはただエネルギーを消耗し、集中力を奪われるだけです。ただ行動するようにしなさい。だまって静かに学びなさい。皆さんは人々にとって、いなければ寂しがられるような人にならなければなりません。そして皆さんがそこにいない時に、最高の人が「彼は今日どこへ行っているのだろう」と尋ねる様にならなければなりません。そしてまた、他の人達も同じように尋ねるようになるでしょう。それらの人達は皆さんに関心を持ち、彼らにとって、皆さんが本当にそばにいなければならないようにならなければなりません。誰もが皆さんがいないと寂しいと思うようにならなければならりません。先生は皆さんを見ています。先生は、自分が顔を見たいと思っている人のことを考えています。今年は以前に覚えていた人の顔を見ることができなくて、寂しい思いをしています。もし先生が寂しいと思わなければ、その人はマグロのシーズンにとって必要なかった人です。それは良いことではありません。二、三年間魚釣りをしていて、他の人に喜んで教えようとする熱心な人であれば、何か様々な方法を学び、それを他の人と分かち合いたいと思う人です。そういう人は物事をなす上においてごまかしをすることはなく、魚釣りに関する様々な内容を自分で見つけて教えることができるでしょう。
皆さんはある人が自分自身の仕事には忠実であるけれども、全体の目的のためにはそれほど真剣でないという人を見かけるでしょう。それから、自分の仕事にはあまり時間を費やさないけれども、全体のために他の人が何をしているか関心を持っている人を見かけるでしょう。またある人は自分自身の船には非常に忠実であるけれども、他の人がどうしているかには注意を払いません。そういう人達は、それが自分自身にとって最も良い生活の仕方だと思っています。もう一人の人は、他の人の船に手を貸してやり、またどうすれば物事を良くすることができるか助言を与えています。この二つの例の中で後者の人の方がより貴重な人です。後者のような人は他の船と口論するようなことはありません。彼は既に自分自身の船でなすべき自分の役割をなしてしまって、その残りの時間で他の船を手助けしようと思っているのです。彼は自分自身の船のことだけを考えてるのではありません。だからそういう人がどうして他の船と衝突するでしょうか。そういう人はすべての船に関心を持っているのです。このようにしてその人は小さな口論などには一切関係を持ちません。
我々は皆、他の人々から近くにいて助けてもらいたいと思われるような人とならなければなりません。このことは、何も皆さんが自分の仕事を成し遂げなくても良いという意味ではありません。そうではありません。そうではなく、自分自身の仕事をなし終えた後に、他の人に自由に手を貸してあげるということです。皆さんはどのようにして仕事を素早く効果的になすかを学ばなければなりません。先生はこのようなことを若い時から実践して来ました。学生の時、先生はこうした習慣を身に付けました。学校において、誰も掃除の仕事をしたがらない時でも、先生はいつもその仕事を引き受けました。学校において他の誰よりも掃除を一生懸命して、自分の先生を助けました。
また先生は洗面所に行った時にごみが散らかっているのを見れば、誰が見ていなくてもそれを拾ってごみ箱に入れました。このような習慣を付ければ、後になって違いが表れて来るのです。ただ単に自分の役割だけをなすのではなくて、自分以外の他の人達がなすことにも関心を持つようにしなさい。そうすれば皆さんは本当にクラス全体の努力のために貢献するようになるのです。
先生は四年間他の所へ行っていて、最近モーニング・ガーデンに帰って来ました。そしてこの家の管理人が良い仕事をしていたのか、小さなことを怠っていたのか、すぐに分かりました。船についても同じことが言えます。先生は決して最初の日には点検しません。最初の日には誰もが念入りに点検するからです。しかし、魚釣りが終わったその日こそ、先生が点検する日です。その時までには、その船の幾つかは本当に汚くなっています。最後の日に、最初の日と同じ位きれいな船こそ勝利者なのです。
先生は何事においても強力な判断基準を持っています。最近、先生は機械工場を見て来ました。そこには二十年あるいは三十年間も働いているベテランがいました。そこで先生は非常に厳しい批評を与えました。しかし彼らは先生の言うことに対して謙虚でした。なぜなら彼らは自分の工場のことしか考えておらず、それ以上のことは考えていなかったからです。それで先生が彼らの考えていること以上のことを考えていると分かったからです。このことは彼らに感動を与えました。
船を造る人達は自分達がかなり良い船を造っていると思っています。しかし先生は彼らの工場に行って見て、彼らが考えていなかったことを一つ一つ細かく指摘します。先生には一点の誤りもありませんでした。先生はこのような真剣な考えをあらゆることに適応するのです。例えばワシントン・タイムズは、今年国際的な競争において二十の賞を勝ち取りました。ただ一つではなく、二十の賞をもらったのです。しかしワシントン・タイムズはまだ始まったばかりなのです。できてからまだ二、三年しか経っていません。しかしこのようなことは決して偶然に起こったのではありません。ワシントン・タイムズの人達は、このような結果をもたらした根本は先生の真剣な態度であることを知っています。彼らはそのようなことを自分達だけでできたとは思っていません。
基本的にマグロ釣りは、ただ単に海に出かけて行って、マグロを捕って、そしてお金を作るということではありません。そういうことは中心点ではありません。マグロ釣りは人生に対する良い基礎訓練です。もし皆さんがこの原則を忠実に学んで応用するならば、皆さんは人生において成功することができます。分かりますか。皆さんが人生でなす他のすべてのことと同じように、皆さんはそれに多くの時間を投入しなければなりません。そしてあらゆることを学び、他の人と話し合い、そしてそれを読み返し、集中して努力をするのです。
実際の所、先生は今回ここへ来る時間はありませんでした。しかし皆さんに良い出発をさせてあげたいという思いが強くしたので、昨日ここに来て、朝四時に魚釣りに行きました。そして今日は皆さんと共にいるのです。明日はまた出かけるかも知れませんが、これで最後です。先生は夏中、ここに皆さんと共にいるわけにはいきません。だからどうか最善を尽くして下さい。過去十年間、先生は毎シーズン一日も欠かさず海で過ごしました。雨であろうと、天気の日であろうと出かけました。文字通り、雨が降ろうと日が照ろうともです。ある時は、嵐が来るという警告がありましたが、出かけました。ある時は嵐が来るのがはっきりと見えました。それでも夜中になって先生は「行こう」と言って出かけたのです。キャプテンはそれに従って出かけました。荒れ狂った海の真ん中に出かけて行って、そこで耐え忍んだのです。そしてそれからすべてを克服し、朝方に帰って来ました。
先生は船に乗ってマグロが来るのを待っている間、アメリカにおける神の摂理についていろいろなことを考え、何をなすべきか計画しました。先生は世界の飢餓の問題について考え、一歩一歩何をなすべきかについて計画しました。先生はたった一年や二年先のことを考えたのではなく、百年先のことを考え、それを準備するにはどうしたら良いかを考えたのです。またマグロの養殖方法とか、どのように餌付けをするか、将来何百万ポンドもの栄養価の高い食糧としてマグロをいかに用いるかを考えました。そのようなことをいつも考えていたのです。先生はマグロがやって来るのを待っている間、何時間も何も考えないでいることはないのです。
毎朝出かけました。どんなに早くても問題ではありません。そしてその日に対する希望と、期待に満ちていました。また太陽が沈んで帰って来る時には、その日自分の最善を尽くしたという満足と、そして明日は自分のために何が準備されているか考えながら帰って来ました。先生は、皆さんが誇りを持って、先生が行ったのと同じ道を、たどって欲しいと思います。皆さんは今、先生が過去十年間たどって来たのと同じ道をたどるという特権を与えられています。
皆さんがここでなす全てのことは、直接先生と関連しています。多くのことを先生は自分で発明しました。先生は道を直くし、すべて皆さんのために開拓しました。それを皆さんの誇りとして受け取り、道端の岩の一つ一つが先生のなしたことの証であるごとく、皆さんの足跡も記録されるでしょう。我々のなすことはすべて、深い宗教的な意義のあることなのです。だからただ単に出かけて行って、他の漁師達と同じように、ただ魚を捕って、それを船に縛って家に持って来るということではいけません。こういうような魚釣りをしてはいけません。
これは非常に貴重なチャンスです。決して失望してはいけません。皆さんは、先生が魚釣りをしている間に困難な瞬間があったと思いますか。もちろんそういう瞬間がありました。時として良い時もあれば、疑ったり、悩んだりする悪い時もありました。皆さんが非常に幸福で高められている時、マグロを捕まえている時、その同じ瞬間に先生がどのような経験をしたかを考えてみなさい。先生はただ、もう一匹マグロを釣ろうと考えるでしょうか。あるいは、この世界のもう一つの被造物を、神の愛の影響の下に置くことができたがゆえに、幸せだったと考えたでしょうか。
皆さんの経験と、先生が魚釣りをした時にどのように考え、どのように経験したかということに結び付けなければなりません。皆さんの使命の成功は、他のすべてのワン・ホープと結び付けています。ただ単にこの地域だけではなく、ワンホープのある至る所、海岸線に沿ったすべての所が、たとえそれが南アメリカであっても関連しているのです。皆さんがこのグッドゴーを操作している時は、自分自身に対して「我々はこの船を自分自身の手で造ったんだ。兄弟姉妹がこの船を造ったんだ」と考えなさい。また我々は、将来自分自身の手でさらに大きな船を造るであろうということを認識しなさい。いつの日か、自分自身の手で造った大洋を渡る何百隻もの船を持つようになるでしょう。
このような夢はすべてここから始まったのです。ここで実現したのです。ニュー・ホープ号とフライング・フェニックス号は、将来世界中を行くであろう漁船団のささやかな始まりでした。先生が初めてグロースターに足を踏み込んだ時に、人々は先生に反対して立ち上がりました。それはある意味で、ばかげたことでした。なぜなら彼らは先生のことを全く知らなかったからです。とにかく十年経って、彼らは我々のことをもっと理解するようになり、我々がこの漁業を成功させるためにどれほど一生懸命働いているかということを知るようになりました。今や「我々がかつて言い続けたように、レバレンド・ムーンがもし止めてしまっていたら、どうなっていただろう」と考える人もいます。