自叙伝・人類の涙をぬぐう平和の母 第42話
痛むおなかを優しくさする母の手
「お母さん、おなかが痛い!」
子供がぐずると母親は何も言わずにその子を膝に乗せ手でおな力をさすってやります。それがガサガサに荒れた手であっても、しばらくするとおなかの痛みは、洗い流したように治まってしまいます。理屈では説明のつかない、最も原始的な方法ですが、それは最も効果的な愛の医術でもあるのです。私たちは誰もが、温かい母の手の感触を覚えています。その手こそすなわち、宇宙の母、平和の母として、全世界と人類を抱く私の手なのです。
人は体の具合が悪いとき、特に悲しみを感じるものです。幸福について語るとき、最も重要なものの一つが健康です。私たちが願う「清福」とは、たとえ財産や権力がなくても、自足しながら幸せに暮らす生活を意味します。「財産を失えば少しを失うこと、名誉を失えば多くを失うこと、健康を失えばすべてを失うこと」という言葉を、私たちは胸に刻まなければなりません。
しかし、誰にとっても生涯、病気にかからず生きていくというのは簡単なことではありません。具合が悪いとき、切実に思い出されるのは、母親の温かい手です。しかしその母親が、常に自分のそばにいてくれるわけではありません。
私は日本統治下の貧しい時期に、栄養失調で苦しむ人々を数え切れないほど見てきました。韓国動乱の最中、怪我と病気によって生活に支障を抱えた無数の人々を目撃しました。聖ョセフ看護学校に入学した際には、私がすべきことを見つけたという喜びと誇りを感じました。しかし、人類と宇宙の母、平和の母になる中で、その天職はしばし後回しにするほかありませんでした。
世界各国を巡回しながら、あと少しだけでも早く治療していれば命を救えたであろう子供たちを、たくさん見てきました。治療のタイミングを逃したために失明したり、手足を切断しなければならなかったりする不幸にも多く遭遇しました。それらの光景は私の心深くにしこりとして残り、どうすれば人々が真に健康な状態で生きることができるだろうかと、長い間悩むことになり1した。また、他の国に行けば、私自身が外国人であり、体調が悪くなってもそのことをうまく伝えることができずに、困つたことが一度や二度ではありませんでした。
普段の生活の中でも経験できますが、母親の耳にはとりわけ、子供の泣き声がよく聞こえます。母の目には、子供の痛みがよく映るのです。子供が泣き出すと母親は直ちに聞きつけ全力で駆けつけます。なぜなら、母親の神経と関心のすべては、ただ子女に向けられているからです。子供を助けるためならば、火の中にでもためらうことなく飛び込んでいくのが母親です。
私は看護学校に通っていた時に抱いた夢を実現しなければならない、と思いました。それは具合が悪かったり、心が傷ついたりしている人をあまねく包む、母親になることでした。そこで、病気によって苦しむ人々や韓国を訪れた外国人が、故郷にいるように安らかな気持ちで、母親の手の温もりを感じられる国際病院の設立を推進したのです。
一九九九年に設立認可を受けた後、約四年間の準備を経て二〇〇三年、美しい山と湖が広がる京畿道加平郡の地に、「HJマグノリア国際病院(旧、清心国際病院)」が開院しました。
HJマグノリア国際病院は、単に一つの新しい病院を建てるということで始まったのではありません。病気を治療することを超え、真の意味での健康を実現するために誕生したのです。
健康とは、体の丈夫さだけを意味するのではありません。本然の人間は、心と体が調和して統一を成した存在です。そのため現代医学は、統一医学の観点から、新しく進むべき道を見いださなければなりません。統一医学は、真の愛と「原理」のみ言—を基盤にしています。この新しい統一医学をどこよりも先駆けて開発し、実践しているのがHJマグノリア国際病院なのです。天の恵みである美しい自然に囲まれる中、様々な国から来た医師たちが父母の心情で、患者のケアを行っているのです。
私たちは、これまであまり問うてこなかった一つの疑問について、考えてみなければなりません。
「信仰は、果たして健康を増進させることができるのか?」
この疑問に答えるのは、難しくありません。健康になるためには、心と体の調和が何よりも大切です。その調和をもたらしてくれるのが信仰です。HJマグノリア国際病院は、世界最高レベルの医術を備えているだけでなく、霊性治癒を通して病気の予防、治療をする技術においてもトップレベルの病院として挙げられています。その土台には、それまで孤児であった人類
を、霊肉共に救おうとする独り娘、真の母の切実な祈りがあるのです。
健康は、健康な時にこそ意識すべきなのですが、私たちはこのシンプルな心得を、いつも忘れて生きています。忙しい日常の中で、心身のことを顧みる機会は、そう多くありません。神様は私たち人間に、「ふえょ」という祝福を下さいました。「ふえょ」とは、必ずしも子孫や物質的な繁栄だけを意味するのではありません。精神的、肉体的な繁栄も私たちの使命であり、私たちが味わうべき喜びなのです。HJマグノリア国際病院は、その喜びのために奉仕することに、大きなやり甲斐を感じています。
毎年、HJマグノリア国際病院医療チームを主軸とし、これに賛同する各界各層の多くの奉仕団員が東南アジアやアフリカへ医療奉仕に行っています。一本の注射、一錠の薬で危機を脱することのできる状況であっても、それを手に入れることができず、絶望の底に落ちる人が多くいます。一本のワクチンがないため、貴い命が失われることもあるのです。
私は彼らの苦痛を少しでも和らげるために、「HJマグノリアグローバル医療財団」を設立しました。それは単に医療事業や病院運営のためではなく、医療の恩恵を受けられずにいる発展途上国の貧しい人たちのためです。そうして、病気や苦痛にあえぐ彼らのために、病院を建てたり、設備を支援したりするなどの医療奉仕を行ってきたのです。
私たち夫婦が医療奉仕事業を始めてから、数十年が経ちました。これまでカンボジアをはじめ、東南アジアの様々な国に保健所を建て、運営してきました。多くの政府から感謝の証しとして、感謝牌が届いています。
人間は、足の指先の小さな怪我であっても、その痛みを全身の苦痛のように捉えるものです。「唯一の神様のもとの人類一家族」である私たちにとって、地球の片隅で感じる苦痛は、地球全体の、全人類の苦痛となることを忘れてはなりません。