御旨と海 第59話

マグロ釣りの技術

 マグロ船団に初めて加わった者達、手を挙げて。これが皆さんにとって初めてのシーズンなのです。皆さんの方が経験あるメンバー達の数より多いほどです。マグロが釣れるという期待を皆さんは持っていますか。自動的に、このように釣れると思っているのですか。先生はそう思いません。もし皆さん自身のやり方に任せておくならば、もし先生が面倒を見ないでただ皆さんを出港させマグロを釣らせるならば、皆さんは自分でできると思っているかもしれないけれども、実際にはそう物事は運びません。もし先生が皆さんに何も指示を与えず、一つ一つの細かい点を説明せず皆さんにすべてを任せておけば、皆さんは一本のマグロも捕ることができなかったでしょう。先生にはそれが分かります。皆さんにもそれが分かるし、経験ある漁師達なら誰でもそれと同じことを言うでしょう。

 それについて考えてみましょう。マグロ釣りで最も重要なものの第一は船です。ニュー・ホープ号はその一例であって、マグロを捕るには大き過ぎます。先生はそのために数度マグロに逃げられました。餌に食い付いた時、マグロが次にどの方向に行くか誰にも分かりません。ある方向に向かっていたマグロが急に向きを変え、別の方向へ行きます。方向チェンジをしてマグロの後についていく船としては、ニュー・ホープ号は大き過ぎます。速度も足りません。

 ニュー・ホープ号の後尾には二つのスクリューがついています。マグロが戻ってきて船の下を通る時、スクリューでラインを切ってしまうことがしばしばあります。マグロは逃げようとして気が狂ったようになります。ニュー・ホープ号は動き回り、それについていこうとするのですが、船が大きいので、それをするには時間がかかりラインがもつれます。またマグロについていこうとする時は、スクリューも回っています。だからラインがそれにちょっと触れるだけで切れてしまい、マグロは逃げてしまいます。

 先生は、何年もの間そのことを考え、「百パーセント、マグロを捕ることができるようにするには、この船をどう改善したら良いだろうか」と自問し続けてきました。その結果がワン・ホープ号のデザインとなったのですから、それは極めて重要な疑問だったのです。皆さんにもそれが分かるはずです。皆さんは既にワン・ホープ号の能力を試しています。この船はマグロを追いかけながら急旋回できるし、実際のマグロの大きさとあまり変わりません。他のたくさんの船の間を容易に通過し、動き回りながらマグロと闘うことができます。ニュー・ホープ号はそういうことができません。皆さんも既に経験したように、皆さんの船と他の船の間でラインが絡み合った場合、その取り扱い方が他の船より極めて容易です。

 以前は、そういう時には必ずラインを切らなければなりませんでしたが、そういうことをすればマグロ釣りはとても高価なものになります。すべてのラインを切れば千ドル近くになります。自分達のためでなく、他の漁師達のためにもそういう損失は防ぎたいと先生は思ったのです。彼らだって自分の道具を失えるような余裕はありません。先生の第一の関心は、マグロが食い付いてきた後、ラインを切らなくても済むようにするためにはどうしたら良いのだろうかということでした。こういう問題があったので、皆さんはニュー・ホープ号では働けませんでした。もし皆さんがバウ(船の前端に近い部分)の一方にいて、マグロが船の下を潜って反対側に向かった場合、ラインをそれに合わせて移動させるのは非常に難しいのです。それがもつれている時は特にそうです。そして、マグロ釣りは高くつき過ぎることになります。

 船の設計、デザインをする前に、皆さんはこういうことを全部考慮しなくてはなりません。またどういう種類の魚を捕りたいのか、どういう種類の船を設計するのかということは合わせて考えなければなりません。最初、我々はこのラインの問題が心配でした。それでこの問題を念頭において、船を設計しなければなりませんでした。先生の最初の考えは、もつれるのをどうやって防ぐか、あるいは避けることができるかということでした。その次にもつれた後、どうやって速かにそれをほぐすことができるかということを考えました。皆さんがしなければならないことは、マグロが食い付いた時、そのラインをまだ水につかっている他のラインから離しておくこと、そしてそれを確認することです。そうしておけば、他のラインを引き上げることをそれほど心配しなくてもすみます。最初の人がバウの所でマグロのかかったラインを繰り、その間にもう一人が他のラインを引き上げることができます。なぜこれがそれほど重要なのですか。大抵の人はこのもつれの問題を解決できなかったので、我々が漁を始める以前は一本か二本のラインしか使っていませんでした。

 先生は五本、六本、七本さらに十一本までのラインを使いたいと思いました。魚を捕れるチャンスがそれだけ大きくなるからです。我々はこの問題を解決したので、それだけ多くのラインを使って漁をすることに先生は自信を持っています。

 海の深さと海流に応じてラインの間隔を一定に保つというのは専門家の技術なのですが、我々はそういうものも開発しました。さらに、我々が今使っているラインは完璧な作りになっています。ラインは切れないし、フックも延びたりしません。こういうこともすべて我々が開発しました。皆さんはラインを見て不思議に思ったかもしれません。なぜそのように作られているのか、不思議に思ったかもしれません。その理由は速かにラインをほどくことができるようになっているのです。ほどくことができれば、ラインが切れたり、それを失ったりすることを防ぐことができます。

 ラインは手入れを良くすれば、十年から二十年は持ちます。こういうものにはすべてこつがあることを皆さんは知っていなければなりません。そして皆さんはそのことを開発すべきです。今年が皆さんのマグロ漁の最初の年です。船に乗った時、なぜ船の中のものがそのようになっているのか、皆さんにはすべてが分かっていたわけではありません。しかし皆さんはそういう方法で釣りをしながら、次第にそのやり方を学んでいきました。そして今、皆さんは七年間の経験を獲得したことになります。つまり今皆さんは、いわば一シーズンを終えて、漁生活七年目に入ったということになります。

 今、先生は皆さんに船の大きさとマグロ用ラインの技術について、先生がどう考えてきたのかを説明しましたが、三番目として、先生はアンカー・ラインについて考えました。もし水の中にいるマグロの立場に自らを置いて考えるならば、皆さんにも多くのことが分かってきます。あらゆる種類のラインが垂れ下がっているし、また数多くのアンカー・ラインもあります。マグロはラインに掛かったならば、アンカー・ラインの方に突進し、アンカー・ラインの回りにラインを巻き付けてフックから逃れようとするでしょう。

 最大の問題は、マグロのすぐ近くにある皆さんのアンカー・ラインです。いったんマグロが食い付いてきたならば、どういうことがあっても、皆さんはラインを離すわけにはいきません。マグロはいったん逃げてから急旋回して、アンカー・ラインに突進してくることがよくあります。アンカー・ラインがまだ船につながっている間にマグロが戻ってきたならば、ラインは切られてしまいます。我々はこれを経験によって知ったのですが、そういうことが起こったら、皆さんはラインを少し弛めなければなりません。しかしそうすればマグロを逃がす危険性が大きいのです。しかしアンカーが既に皆さんの船から離されていれば、マグロはただラインの周りにアンカー・ラインを巻き付けるだけですみます。皆さんはブイの所へ行ってアンカー・ラインをほどかなければなりませんが、船につながっている時ほどにはピンと張っていないので、ラインが切れるようなことはありません。

 アンカー・ラインをほどくことは、マグロとの闘いで皆さんがしなければならない最も重要な作業の一つです。いったんアンカー・ラインを外したら、魚を捕えるチャンスははるかに大きいものとなります。皆さんと魚の一対一の闘いです。皆さんはいつも、マグロのかかったラインをピンと張っておかなければなりません。いったん弛めると、簡単に魚を逃がしてしまいます。マグロが海面に姿を現すかもしれません。マグロが食い付いたからには、皆さんはそれを引き続けなればなりません。マグロはその反対方向に逃げようとします。しかし、いつもそのようになるとは限りません。時にはマグロは皆さんの方向に戻ってきてから急にグィッと引き、口からフックを外そうとします。

 マグロと格闘する時にはいつでも、その口からフックが外れないようにすることを念頭に置かなければなりません。ニュー・ホープ号は今年の夏、六本逃がしましたけれども、そのうち三本がそのように逃げました。マグロがラインの張力から逃れることができ、フックを口から外すことができたからです。皆さんの船をブイ・ラインから離すことができさえすれば、皆さんがその魚を釣り揚げる可能性は九〇パーセントになります。皆さんは船の上にいるのですが、それでも水の中にいるマグロの姿を心に思い描き、どのように行動するか分析しなければなりません。先生はマグロ釣りをどう解釈すべきかということだけでなく、その技術についても、すべて皆さんに教えようとしているのです。調度、皆さんはもう一度学校に戻ったようなものです。学んでいる間は、その瞬間は皆さんには理解できなくとも、後になって「ああ、先生が言わんとされたのは、こういうことだったのか」と思うようになります。皆さんはこの夏の終わりまでに、先生が教えようとしていることを理解することができなければなりせん。

 考慮すべき最後の点はもり打ちです。皆さんも知っているように、魚を確実に船の上に釣り揚げる目的でもりを打ちます。魚にもりをうまく打ち込むことができたならば、次に皆さんのやることは、その魚をできるだけ早急に船の近くまで持ってくることです。マグロは疲れかかっているし、皆さんも引き続けているので、この最後の瞬間にマグロは船の近くの海面上に浮かび上がってきます。それからマグロはそこで行われていることをちらっと一瞥(べつ)します。そして人々や船、またあらゆるものを見ます。マグロにとっては全く不思議な光景です。こういうことがあると、マグロは最後にもう一度強く動いて海の底へ潜っていきます。皆さんはこういう予想しておかなければなりません。その場合は引くのではなくて、マグロが必要とするだけのラインを与えてやります。しかし弛めてはなりません。これはマグロにとって生き残るための最後のチャンスなのです。それから船の所まで引っ張ります。その時、マグロはよく一度海の底に真っすぐに潜っていきます。こういう事が一度ならず二度三度、あるいはそれ以上起こるかもしれません。しかし日本のメンバー達にはこれが理解できませんでした。 いったんマグロにもりを打ち込んで船の近くまで引いてきた以上、また海の中へ離すということは不名誉なことだと彼らは考えていました。しかし、本当はそうすべきではありませんでした。皆さんはその魚を上手に取り扱い、次に何をしようと考えているのか予想しなければなりません。これをしなければ、皆さんはもっと魚を逃がすということになります。魚を逃がすということは、何千ドルかを失うということを意味しています。あるいはさらにひどくなって、魚の命も同様に失うことを意味するのかもしれません。

Atsuki Imamura