真の父母経 第123話

第二節   「父母の日」宣布

「父母の日」宣布の背景

一九六〇年、陰暦三月一日(陽暦三月二十七日)、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された真の父母様の約婚式は、事実上、真の父母様がこの地に顕現された日である。そのため、真の父母様は翌年一九六一年、陰暦三月一日の約婚記念日を、「父母の日」として発表された。また、一九九四年の第三十五回「父母の日」には、主要な名節に「真の」の字を付けて「真の父母の日」のように称すると語られた。

1   神様は、「神の日」と「父母の日」と「子女の日」をもてませんでした。神様が目指される創造の理想は、心情一体です。神様、アダムとエバ、子女に続く心情的な一直線を形成するためのものが、創造目的です。神様は、調和の道理を立てて創造されました。したがって、神様は、再創造の方法とその設計も、この原則によってされるのです。神様は、「子女の日」をもつと同時に「父母の日」「神の日」を立て万民が祝う日をもってこそ、すべての記念日を完結するようになるのです。

2   「父母の日」は、歴史時代に父母が誤ったすべてのことを、霊的、肉的に蕩減した勝利基盤の上でのみ設定されます。アダムとエバが真の父母にならなければなりませんでしたが、彼らが堕落することによって、メシヤであられるイエス・キリストが来て、イスラエル選民圏を中心に、国家的基準で真の父母の基盤を築かなければならないのです。これが原則です。

3   真の父母が、この地上で真の父母として立つためには、必ず実力で勝敗を決しなければなりません。真の父母としての資格を備え、勝利しなければならないのです。まずサタンを屈服させ、その次に霊界に行って、養子の父母を屈服させなければなりません。このようにして、蘇生、長成、完成の父母の三代の歴史を経ていかなければなりません。そのようにしたのちには、この地上に子女の立場で生まれた人間を救える心情的内容や、生きる道を開いておける全般的な条件を備えなければなりません。そのようにしなければ、父母になることができないのです。

この地上の人間が、なぜこのようになったのでしょうか。父母が誤ったからです。ですから、その父母には、死んだ子女を生かさなければならない責任があります。それゆえ、子女を生かす方策を立てなければ、父母になることができません。したがって、歴史過程は、蘇生、長成、完成の三時代の父母の歴史を経てきます。その中で最後に残る父母は、肉界でも霊界でも、サタン世界で勝利の決定権をもって現れる父母なのです。

4   天と地が統一されなければ、すなわち、霊的な世界と地上世界が統一されなければ、完全な統一を実現することはできません。いくら偉大な人物が出てきて世界を一つの思想で統一しようとしても、天倫の法度が残っており、神様が厳然と存在する限り、それは妄想にすぎません。

今日、統一が実現できない原因はどこにあるのでしょうか。すべてのものが塞がっているからです。これを崩すまでは、統一が実現されません。心情の基盤から心の基盤、生活の基盤だけでなく、存在するすべての世界で隔たりがあり、溝ができているので、それを清算しておかなければ、統一されないのです。清算すべき溝は、地上だけでなく天上世界にまで無限に連結されていますが、この溝を何によって打開するのでしょうか。これは人間に責任があるので、人間が解決しなければなりません。ですから、主がこの地上に来るためには、塞がった霊界と無限の闘争をしなければならないのです。

今日、地上に統一的な世界観が立てられつつあるのも、実は霊界で統一的な役事(働き)が起こっているからです。その霊界の役事が地上に反映され、実体的な現実として展開されています。統一は、どのように成し遂げられるのでしょうか。地上に「父母の日」を立てることによって成し遂げられるのです。「父母の日」は、天地の間に勝利を決定する日であり、神様が願ってきた勝利の日として立てられる日であり、人間が願ってきた歴史的な実を結べる日であり、万宇宙の失われた主人を探し出せる日なのです。

5   今まで、善の中で現れるべき真の父母の血統がこの地上に現れなかったので、今日、人類は孤児のような立場にいます。すなわち、サタンの息子と娘であり、怨讐の息子、娘として生まれたというのです。しかし、神様の愛の法度から見て、人間は天の国に帰ることができます。ところが、サタンが人間を鉄の鎖で縛り、(天の国に)行けないように蹂躙しているというのが今日の状況です。その鉄の鎖を切ってしまい、最後の生死を決断できる人類の希望の起点が「父母の日」です。

6   真の父母は、(男性と女性の)二人がいなければなりません。二人いなければ、真の父母の基準の上に立つことができません。そして、霊的な闘いで勝利の基準を立てたとしても、地上に実体の真の父母が立てられなければ、実体世界で勝利の基準が立てられません。いくら霊界で勝利の条件を立てたとしても、地上に真の父母が立てられなければ、霊的世界の足場に該当する基盤を、この地上に築くことはできないというのです。ですから、今後、来られる真の父母は、このために生命を捧げ、地と天に代わって闘っていかなければならないというのです。このような闘いの期間が、四十年の期間です。

真の父母は、この四十年の期間にどんな闘いを経なければならないのでしょうか。まず、霊界で霊的な試練を経なければなりません。その次に、地上で実体的な試練を経なければなりません。その中でも倒れることなく、中心をもって進み出て、初めて霊肉合わせて真の父母を立てることができるのです。すなわち、六千年の摂理歴史の願いを果たせるということです。「父母の日」は、霊肉合わせて真の勝利の基点を定めた日であり、真の父母の理念が出発した日です。

「父母の日」の意義

アダムとエバが神様を中心として真の父母になっていたならば、その時、「父母の日」が立てられていたはずである。しかしアダムとエバが堕落することによって立てられなかった「父母の日」を取り戻すため、神様は今まで摂理してこられた。このように「父母の日」は、アダムとエバが誤ったことを、真の父母が霊的、肉的に蕩減した勝利基盤の上で設定されたのである。

7   メシヤとは、神様の愛をもって体と心が一つになった、本然の理想的な男性の型を備え、堕落性を超越した立場で来られる方です。そのような方が一つの中心となり、世界の人をそれと同じように育て、天国に入らせるために来られるのです。そのメシヤは、何を探し求めなければならないのでしょうか。

メシヤは新郎として来られるのですが、新郎は新婦を探し求めなければなりません。新婦はエバです。エバを失ってしまったので、メシヤはこの地上に来て、エバを探し出さなければなりません。統一教会では、「真の父母」という言葉を中心として、歴史上、初めて「父母の日」を発表しました。神様の本然の愛を中心とした男性と女性が夫婦になる「父母の日」を設定したのです。神様を中心として、男性の体と心、女性の体と心が、水平線で完全に一つになり、神様が願った理想的な完成圏が出発した日が「父母の日」です。

8   人間始祖が堕落したので、今、この地球上には神様が愛し得る直系の子女が存在せず、養子たちだけがいます。神様も、天地間の偉業を相続させてあげなければならないのですが、血統が違う養子だけがいるので、たやすく相続させてあげたいと思うでしょうか。父母であれば、突然現れた他人の子女に、天地間の偉業を相続させてあげたいでしょうか。それは、本来の創造の原則に外れることなのです。天地創造の原則は、本来の息子、娘に偉業を相続させるようになっています。

本来の息子、娘を取り戻すためにあったのが今までの歴史です。神様の実の息子の使命と資格を備えてこられる方が再臨主です。ですから、最高の新婦は、再臨主の妻になる人です。彼らは、人類の真の父であり、真の母です。そのような父と母が出てきたあとは、その方々の息子、娘が出てこなければなりません。この父と母が現れる日が、正に「父母の日」です。この日は、統一教会における誇らしい日です。今、ようやく歴史上に「父母の日」が現れました。失われた神様の栄光を代わりに現し、人類の勝利をたたえ、悪に対して公義の法度で裁きの権限を行使できる、私たちの父母が現れたというのです。これが、この地上では福音の中の福音です。

これを宣布したのが「父母の日」なのですが、(この日が)正に陰暦の三月一日です。人間が堕落しなかったならば、(今日の)私たちに「父母の日」は必要ありません。アダムとエバが堕落せずに子女を生んだとすれば、その子女たちがアダムとエバを「お父さん、お母さん」と呼ぶその日が「父母の日」であり、「神の日」だったでしょう。

9   私たちは「父母の日」を立てましたが、この「父母の日」が、統一教会だけの「父母の日」になってはいけません。私たちだけが迎える「父母の日」になってはいけないというのです。世界万民が迎える「父母の日」にならなければなりません。この日には、万世の恨が積もった峠を越えるために、今も呻吟している父母様の心情が宿っています。ですから、切迫した心情を抱き、この罪悪の世界を破綻させ、解放のラッパの音と解放の歓声が天地に満ちる、その一日を迎えられるようにしなければなりません。

私たちは、このような解放軍としての使命を果たさなければならないのです。そのようにしなければ、その父母の息子、娘として「忠孝の道理を果たした」と言うことはできません。この日は、統一教会の垣根の中の少数の群れだけが祝える日ではなく、万民が祝える日です。すべての歴史にわたって、永遠にたたえることができる日です。未来の万民たちが、誇らしい日、喜びの日、栄光の日として永遠に記念し、たたえることができる日なのです。

10  皆さんは、「父母の日」を本当に自分の「父母の日」として立てなければならず、皆さんの家庭の「父母の日」として立てなければならず、社会の「父母の日」として立てなければならず、国家の「父母の日」として立てなければなりません。そのようにしてこそ、世界の「父母の日」として立てられるのです。

世界の「父母の日」として立て、天宙の「父母の日」として立ててこそ、本来、神様が真の父母を立てようとした創造理念が完結し、人間が堕落することによって「父母の日」を立てることができなかった恨が解怨されるのです。さらには、この天上天下に「父母の日」を立ててこそ、復帰の恨が完全に解怨されるというのです。

Luke Higuchi